ペレーダの歴史

1991

手縫いの亀甲デザイン、初代ペレーダデビュー。日本サッカー発展への想いをカタチに。

Jリーグ発足から遡ること2年。モルテンが80年代から試行錯誤してきた“手縫い製白黒亀甲ボール”の品質向上の努力が、ついにカタチとなった。
『ペレーダ』の誕生だ。
この名前には、“子供の時から素足で本物の感触を楽しんでもらいたい”という想いが込められている。
ペレーダは、一般販売はもちろん、特に学校のクラブ活動や体育授業用として積極的に導入が働きかけられた。
それは、日本サッカーのベースアップを目指すことでもあったのだ。
指導者などの現場の声をすぐにフィードバックすることで徐々に信頼を獲得。
この繰り返しにより、ついには、サッカーボールといえばペレーダ、となるくらいまで浸透し、さまざまなサッカー大会に使用されるようになった。
数々の名勝負やのちにプロプレーヤーとなる高校生たち。それらを影ながら支えていたのはペレーダだった、といっても決して言い過ぎではないだろう。

2002

デザイン・性能ともに一新、2代目ペレーダデビュー。2代目は現場の声から生まれた。

初代ペレーダが発売されてから10数年。ペレーダは、安定した品質により選手から指導者まで幅広い支持を得ていた。それこそ、サッカーを始めたばかりの子どもからトッププレーヤーまで。日本サッカーを支えてきた影の立役者といっても過言ではないほどの普及率であった。
ユーザーが増えるにつれ、モルテンのもとに、選手や指導者からさまざまな意見が寄せられるようになった。つねに現場の声を大切にしてきたモルテンは、早速、開発に取りかかる。より扱いやすく、より日本の使用環境に適応したサッカーボールを作るために。
そして、日本での史上空前のビッグイベントを目前に控えた2002年1月、それはついに完成した。
第2世代ペレーダのデビューである。
白黒亀甲デザインを継承しつつも洗練されたデザイン、そしてモルテンの技術力を結集させたAdvanced Soccerball Technologiesという新しい機能性。ボールバランス・吸水性・耐久性が向上したペレーダは、子供からトッププレーヤーまでさらなる支持を獲得。より多くの国内主要サッカー大会で試合球に採用されるようになっていった。

2005

アセンテックテクノロジーを搭載し、第3世代ペレーダデビュー。

パネルの中央と縫い目部分の固さが異なるため、同じ蹴り心地を求めるなら大きなパネルで縫い目を少なくするのが良いが、真球性を求めるなら小さなパネルを多く使うほうが良い。さらに、雨天では縫い目から水がしみこみボールが重くなり、長時間使用の縫い目開きで大きくなりやすい。

これらを一気に解決するために開発されたのが、アセンテックテクノロジー。
クッション層を内包する均一なパネルをチューブに熱接合し、補強層も縫い目もなくすことで、真球性、均一な蹴り心地、低吸水性、低成長性を実現。

新技術を搭載したトップモデルのみならず、縫い製法のスタンダードモデルも新パネルの採用などで耐摩耗性などの向上を実現。第3世代ペレーダはさらなる進化を遂げた。

2013

さらにワンランク上の性能を発揮する第4世代ペレーダデビュー。

試合や部活での練習などで長年使用され、指導者やプレーヤーの要望やアドバイスを取り入れ、第3世代からさらに進化した第4世代。アセンテックテクノロジーを搭載したトップモデル5000シリーズはもとより、初代から続く定番の405/394シリーズ改め4000シリーズ、エントリーモデルの285/274シリーズ改め3000シリーズまで、その多くがさらにワンランク上まで進化した。